2009年03月02日(Mon)
今月の聖語[平成二十一年三月]
平成二十一年三月の聖語をご紹介します。
=解説=「榜法禁断」(一二七六年 建治二年 聖寿五十五歳)
天下の平安、静謐は、仏法に信順し正法を信受することによってもたらされる。すなわち正法の建立がその前提であり、逆にいえば邪法の根絶・謗法(ほうぼう)の禁断が要請される。
しかるに世間のありさまは「如来誠諦の禁(きん)言(げん)」に反逆し、「愚侶(ぐりょ)迷惑(めいわく)の麁(そ)語(ご)」に随順さかさまぶりである。この現実の願うべき世の太平を乱し、望むべき静謐を疎外する。
とまれ法の乱れは国の乱れである。このように日蓮聖人は考え「立正安国論」の趣旨はこのことを仏説にもとづいて論述したのであった。「如来誠諦」とは「法華経如来寿量品」の文、釈尊の金言をいう。本仏の金言は絶対順守が要請される。本仏釈尊の要請に応えることが、仏教者の当然の行為である。かくて、禁断謗法は当然の事なのである。
=解説=「榜法禁断」(一二七六年 建治二年 聖寿五十五歳)
天下の平安、静謐は、仏法に信順し正法を信受することによってもたらされる。すなわち正法の建立がその前提であり、逆にいえば邪法の根絶・謗法(ほうぼう)の禁断が要請される。
しかるに世間のありさまは「如来誠諦の禁(きん)言(げん)」に反逆し、「愚侶(ぐりょ)迷惑(めいわく)の麁(そ)語(ご)」に随順さかさまぶりである。この現実の願うべき世の太平を乱し、望むべき静謐を疎外する。
とまれ法の乱れは国の乱れである。このように日蓮聖人は考え「立正安国論」の趣旨はこのことを仏説にもとづいて論述したのであった。「如来誠諦」とは「法華経如来寿量品」の文、釈尊の金言をいう。本仏の金言は絶対順守が要請される。本仏釈尊の要請に応えることが、仏教者の当然の行為である。かくて、禁断謗法は当然の事なのである。
2009年02月02日(Mon)
今月の聖語[平成二十一年二月]
平成二十一年二月の聖語をご紹介します。
=解説=「体と影」( 一二八〇年 弘安三年 聖寿五十九歳)
仏法と王法(世間法)は一体不可分の関係にある。その関係は、仏法が主体・中心であり、王法はその反映・影響である。それは、本末の関係である。
仏法の顛倒(てんどう)は、世間の濁乱(じょくらん)を招き起こす。体と影は不分で相即するのである。
仏法の混濁・迷妄はそのまま世間に反映して悪影響を与える。源流が濁っていれば下流が清いはずはなく、身が曲がっていては影がまっすぐなはずがない。この関係を日蓮聖人は「法定まり国清(す)めり」といわれる。ゆえに国土の平安は仏法の正しい安定によるのである。
かくて要するに宗教の邪正と国家の消長はそのままに対応し比例する。日蓮聖人の「立正安国」の主張はここに立脚する。日蓮聖人の一生の主張と課題と使命感をあふれさせた「立正安国」。「立正」の意味はことのほか深重(じんじゅう)である。
=解説=「体と影」( 一二八〇年 弘安三年 聖寿五十九歳)
仏法と王法(世間法)は一体不可分の関係にある。その関係は、仏法が主体・中心であり、王法はその反映・影響である。それは、本末の関係である。
仏法の顛倒(てんどう)は、世間の濁乱(じょくらん)を招き起こす。体と影は不分で相即するのである。
仏法の混濁・迷妄はそのまま世間に反映して悪影響を与える。源流が濁っていれば下流が清いはずはなく、身が曲がっていては影がまっすぐなはずがない。この関係を日蓮聖人は「法定まり国清(す)めり」といわれる。ゆえに国土の平安は仏法の正しい安定によるのである。
かくて要するに宗教の邪正と国家の消長はそのままに対応し比例する。日蓮聖人の「立正安国」の主張はここに立脚する。日蓮聖人の一生の主張と課題と使命感をあふれさせた「立正安国」。「立正」の意味はことのほか深重(じんじゅう)である。
2009年01月01日(Thu)
今月の聖語[平成二十一年一月]
平成二十一年一月の聖語をご紹介します。
=解説=「慈悲広大」(一二七六年 建治二年 聖寿五十五歳)
全ての生あるもの一切衆生の救済、つまり成仏が仏教の目指す究極の課題。教主釈尊は衆生救済の大慈悲心にあふれた聖者、大慈悲者であられる。
大慈悲者の仏の使命を引き継いだ法華経の行者日蓮聖人。仏の命・仏の魂魄、唯一の成仏への直道法華経の題目、「南無妙法蓮華経」は、万年をこえでた未来に向けて流伝する。日蓮聖人の衆生救済の慈悲心が広大だから、そのことは確かである。
衆生の救済・成仏の達成に向けて人々の盲目を開き、地獄への道を途絶させる。そのことが日蓮聖人の仕事である。人間凝視への開目、仏を見つめる心の開目、これによって人は仏となり得る。大いなる慈悲の実践者仏、仏の慈悲の継承者日蓮聖人。日蓮聖人の課題を総括する一文である。
=解説=「慈悲広大」(一二七六年 建治二年 聖寿五十五歳)
全ての生あるもの一切衆生の救済、つまり成仏が仏教の目指す究極の課題。教主釈尊は衆生救済の大慈悲心にあふれた聖者、大慈悲者であられる。
大慈悲者の仏の使命を引き継いだ法華経の行者日蓮聖人。仏の命・仏の魂魄、唯一の成仏への直道法華経の題目、「南無妙法蓮華経」は、万年をこえでた未来に向けて流伝する。日蓮聖人の衆生救済の慈悲心が広大だから、そのことは確かである。
衆生の救済・成仏の達成に向けて人々の盲目を開き、地獄への道を途絶させる。そのことが日蓮聖人の仕事である。人間凝視への開目、仏を見つめる心の開目、これによって人は仏となり得る。大いなる慈悲の実践者仏、仏の慈悲の継承者日蓮聖人。日蓮聖人の課題を総括する一文である。