アーカイブリスト
2008年10月01日(Wed)
今月の聖語[平成二十年十月]
平成二十年十月の聖語をご紹介します。
=解説=「功徳」 (一二七五年建治元年 聖寿五十四歳)
この御遺文は、麦の供養への謝辞を述べた中の一節である。
仏弟子阿那律(あなりつ)尊者(そんじゃ)と迦葉(かしょう)尊者(そんじゃ)の故事を引き、供養の得果は仏となった。
だから、「彼をもって此を案ずるに、檀那の白麦(しらむぎ)はいやしくて仏にならず候べきか。おくり給びて候御心ざしは、麦にあらず金(こがね)なり。金(こがね)にはあらず法華経の文字なり。今の麦は法華経の文字(もんじ)なり」と芳志(ほうし)を讃える。釈尊在世の月は今も変わらず同じ月として輝く。花も咲き続けて同じ。懇志(こんし)の功徳も同様である。「昔と今と一同なり」「在世は今にあり、今は在世なり」。古今を通じて至誠(しせい)・懇情(こんじょう)もとることはない。それらの事(こと)共(ども)を思うにつけ、変わることないばかりか、いよいよますますの篤き信仰、熱誠(ねっせい)の信心。讃ずるのほかは何もない。
=解説=「功徳」 (一二七五年建治元年 聖寿五十四歳)
この御遺文は、麦の供養への謝辞を述べた中の一節である。
仏弟子阿那律(あなりつ)尊者(そんじゃ)と迦葉(かしょう)尊者(そんじゃ)の故事を引き、供養の得果は仏となった。
だから、「彼をもって此を案ずるに、檀那の白麦(しらむぎ)はいやしくて仏にならず候べきか。おくり給びて候御心ざしは、麦にあらず金(こがね)なり。金(こがね)にはあらず法華経の文字なり。今の麦は法華経の文字(もんじ)なり」と芳志(ほうし)を讃える。釈尊在世の月は今も変わらず同じ月として輝く。花も咲き続けて同じ。懇志(こんし)の功徳も同様である。「昔と今と一同なり」「在世は今にあり、今は在世なり」。古今を通じて至誠(しせい)・懇情(こんじょう)もとることはない。それらの事(こと)共(ども)を思うにつけ、変わることないばかりか、いよいよますますの篤き信仰、熱誠(ねっせい)の信心。讃ずるのほかは何もない。
*Results 1-1 of 1