2008年11月22日(Sat)
日蓮聖人のユーモア
西新宿・住友ビル・地下住友ホールで開催されている良寛遺墨展へ行った。こどもと隠れん坊や手まりをついて遊んだ越後の良寛さんである。
生誕250年を記念して、出雲崎・良寛記念館の収蔵品が展示されている。新潟県出身の人たちの雑談がここかしこでかわされていて、そのなごやかな空気は良寛展にふさわしく思えた。
一番心に残ったものは、良寛の使っていた布団のはぎれであった。臨終の後、身近な人びとに遺品として配布されたものらしい。
長い間大切にされてきた布団のはぎれに、人びとの良寛への思いが表れている。
これだけ多くの彼の書を見るのは初めてだった。
端正で力強い。
当時の仏教界の堕落を批判し、一人信じる道を歩んだ良寛の内面をかいまみることができた。
その書を見ながら、私は以前、中山法華経寺・聖教殿で拝観した日蓮聖人の富木氏へ宛てた「寺泊御書」を思い浮かべた。
佐渡へ流される聖人が対岸の越後・寺泊で書いた手紙である。
ぼそぼそと記された文字に死を覚悟した聖人の心がうかがえた。
立教開宗以後20年間、聖人には心の休まるときは少なかったのではなかろうか。
しかし数年後、身延山から同じ富木氏へ宛てた「忘持経事」には聖人の快活な心があふれている。
身延山から帰るとき、大切な所持している法華経を忘れた富木氏へ、その法華経を届けるかたわら、謹厳実直な富木氏を古今の例を引きながら、「あなたは日本で一番の物忘れの人だ」とひやかしている。
そのユーモアあふれる文章から、多くの弟子信者が慕った聖人の実像があらわれてくるようだ。
厳しい生活のなかでも子供と遊んだ良寛、そして信者へのユーモア精神を忘れなかった日蓮聖人。
これらは本当に勁い人間とはどういうものかということを物語っている。
生誕250年を記念して、出雲崎・良寛記念館の収蔵品が展示されている。新潟県出身の人たちの雑談がここかしこでかわされていて、そのなごやかな空気は良寛展にふさわしく思えた。
一番心に残ったものは、良寛の使っていた布団のはぎれであった。臨終の後、身近な人びとに遺品として配布されたものらしい。
長い間大切にされてきた布団のはぎれに、人びとの良寛への思いが表れている。
これだけ多くの彼の書を見るのは初めてだった。
端正で力強い。
当時の仏教界の堕落を批判し、一人信じる道を歩んだ良寛の内面をかいまみることができた。
その書を見ながら、私は以前、中山法華経寺・聖教殿で拝観した日蓮聖人の富木氏へ宛てた「寺泊御書」を思い浮かべた。
佐渡へ流される聖人が対岸の越後・寺泊で書いた手紙である。
ぼそぼそと記された文字に死を覚悟した聖人の心がうかがえた。
立教開宗以後20年間、聖人には心の休まるときは少なかったのではなかろうか。
しかし数年後、身延山から同じ富木氏へ宛てた「忘持経事」には聖人の快活な心があふれている。
身延山から帰るとき、大切な所持している法華経を忘れた富木氏へ、その法華経を届けるかたわら、謹厳実直な富木氏を古今の例を引きながら、「あなたは日本で一番の物忘れの人だ」とひやかしている。
そのユーモアあふれる文章から、多くの弟子信者が慕った聖人の実像があらわれてくるようだ。
厳しい生活のなかでも子供と遊んだ良寛、そして信者へのユーモア精神を忘れなかった日蓮聖人。
これらは本当に勁い人間とはどういうものかということを物語っている。